力とは何か。暴力の被害者にならないために

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「少林寺拳法」というアクション映画を見ました。
その名の通り少林寺拳法を使ったアクション映画です。

映画のストーリーとしては、
千葉真一演じる主人公を取り巻く人々の世の中の力による脅威を受けた様を少林寺拳法を通して、
解決していく姿を描いたドラマです。

当然主人公である千葉真一は強く、次々と悪者を退治していきます。
どんな組織の悪党も倒していきます。
主人公はかなり強く、悪党への復讐も容赦がありません。

今回私は映画のラストシーンで掲げられるメッセージに考えさせられました。

正義を伴わない力は暴力であり、力を伴わない正義は無力である

今回は、「正義を伴わない力は暴力であり、力を伴わない正義は無力である」という言葉の意味について考えたいと思います。

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正義を伴わない力は暴力

映画内でも描写がありますが、悪者が弱いものに正しくない力を加えること、
つまり正しくない力というものは暴力だと言っています。

これは精神的な苦痛を与えるという意味でも通じますね。

(ただし)力を伴わない正義は無力である

意味としては、力を伴わない正義、つまり言葉で正義を謳っているだけでは無力のままであるということです。
タイトルはあえて前述の「正義を伴わない力は暴力」にかかる言葉だと思い(ただし)と加えました。

話をつなげると意味は、「世の中に暴力が存在するが、暴力に言葉で正義を対抗しても無力にしかならない」ということです。

映画の中でもありますが、
結局力を伴う脅威に対して対抗できるものは力でしかないということです。
いくら言葉が巧みでも力には対抗できない、そう感じます。

さいごに

暴力に出くわさないことが一番の解決策ではありますが、やむおえず直面した時に力を行使する用意が必要です。
より力を持つことの必要性を考えさせられました。

日頃TVをつけると刺傷事件やストーカーなどの被害などの暴力が蔓延しています。
どのくらいの確率で自分が被害者になるかわかりません。

正義を伴わない力は暴力であり、力を伴わない正義は無力である
この言葉は、心に留めておきたいと思います。

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